はっと通信

created: 2001.12.08, last modified: 2004.02.01


もくじ

2001年:はっと通信

  1. 2001.12.08 - HATTO DATA SHEET

2002年:はっと通信

  1. 2002.01.16 - 3Fスペシャル回想記 part 1
  2. 2002.01.17 - 3Fスペシャル回想記 part 2
  3. 2002.01.18 - 3Fスペシャル回想記 part 3
  4. 2002.01.19 - 3Fスペシャル回想記 part 4
  5. 2002.01.20 - 3Fスペシャル回想記 part 5

2002年:はっとの野望

  1. 2002.02.02 - はっとの野望
  2. 2002.02.05 - 球場ライブ
  3. 2002.02.13 - ジングル大作戦
  4. 2002.02.19
  5. 2002.02.28
  6. 2002.03.12
  7. 2002.06.14
  8. 2002.08.04 - SWAMPS 北の宿からツアー回想記 part 1
  9. 2002.08.06 - SWAMPS 北の宿からツアー回想記 part 2
  10. 2002.08.16 - SWAMPS 北の宿からツアー回想記 part 3
  11. 2002.08.20 - SWAMPS 北の宿からツアー回想記 part 4
  12. 2002.08.24 - SWAMPS 北の宿からツアー回想記 part 5
  13. 2002.08.27 - SWAMPS 北の宿からツアー回想記 part 6
  14. 2002.08.28 - SWAMPS 北の宿からツアー回想記 part 7
  15. 2002.09.04 - 祝?J-WAVE初登場!

最新記事


2001年:はっと通信

2001.12.08 - HATTO DATA SHEET

HATTO data sheet
名前
はっとり ひろあき
B/W/H
105/95/95cm
身長
178cm
体重
75kg
生年月日
1969.5.29
出生地
米国イリノイ州シカゴ
野望
湘南にライブハウスを作り、そこに住む。
好きなもの
ひるね
嫌いなもの
食器をフォークでキーってやった時の音
子供の頃、私は
陽気なひまん児 だった。
今、私は
陽気なデブ である。
理想の一日
好きな人と好きなことをやりながら好きなよーにすごすこと。
人生哲学
人のためになってこそ自分のため
好きな音楽家
ミニモニ

hatto@LAWSON-1

hatto@LAWSON-2


2002年:はっと通信

2002.01.16 - 3Fスペシャル回想記 part 1

前日の話からしたい。12月25日(火)の15時くらいに、近くのガストで僕とこんずとたけやと大矢修司とみゆきちゃんとで26日の「藤沢フォークフェスティバル・スペシャル」の最終打ち合わせをした。なぜかわからないけど集まったみんなの表情がやたらおだやかで、その時明日のイベントはきっといいものになると確信できたんだ。

夜になってみぞれや雨が降った。でも僕は明日晴れることを疑う気がまったくなかった。これっぽっちも。翌朝目覚めると、見事に雲一つない快晴だった。

藤沢市民会館に朝8:00ぐらいに1番のりで着いた。続いてこんず、大矢くん、たけや、Tan、坂本かおるがやってきた。今日外の公園でやる「公園ライブ」の準備もした。なぜ?こんなに早く集合したのか。それはPAや照明機材の搬入を手伝うためだ。出演者はもちろん、RMSのミュージシャン達がまったくのボランティアで手を貸してくれた。

機材の搬入の間、公園に置いた楽器をジョーカーさんに見張ってもらった。すでに朝からRMSらしいチームワークが発揮されていた。とにかく48チャンネルのPA卓は重くて全員がハアハア言ってしまった。のりくんや有谷孔司、そしてLivの江口くんも遅れてきて、設営を手伝ってくれた。

だいたいの設営が終了し、福山芳樹さんや森田哲朗さんが到着した。SWAMPSリズム隊のまさやさんとおがちんさんも到着、そして本日司会と舞台監督を任せた湘南の兄貴、畠中ゆーいちさんも到着した。福山さんにしろ森田さんにしろゆーいちさんにしろ、何も文句も言わず、おくばりCDのジャケットさし込みやちらしの折り込みを手伝ってくれた。みんなの「何でも言って、手伝うから」という言葉がうれしかった。

「3Fスペシャル」はイベンターも何の業者もからまない、全くの自主運営のイベントだ。しかも協賛金すら募らず、お客さんが買ってくれたチケット代のみですべてをまかなっている。だからスタッフの弁当代は出てもミュージシャンの弁当は自腹だった。しかもノーギャラ。

はっきり言ってこんなことは考えられないことで、コミュニケーションがそれぞれと今までとれていなければ絶対不可能なことだ。今回の出演者はRMSの当事者達とそしてその活動を心から支持してくれているミュージシャンということで、みんなこのシビアな条件に何も言わずに従ってくれた。

(つづく)


2002.01.17 - 3Fスペシャル回想記 part 2

(つづき)

午後からは、サウンドチェックとリハーサルが始まった。リハの順番はSWAMPSからだった。今回はホーンセクションやダンサーまで入る大がかりな編成だったので、入念にリハーサルをした。

とにかくこんな大きなホールで歌うことはやたら気持ちがいいことに驚いた。逆に、不慣れな環境でのライブだったので自分の音のバランスがなかなか取れなかったが、最後にベストなバランスを見つけることができてリハーサルを終了できた。

他の出演者のリハーサルを見たり受付の準備をしながら、しばらくの間過ごした。受付には、昔からの付きあいのみゆきちゃんやはに丸こと河野まき、そしてFM湘南ナパサの竹本有希ちゃんやケイ応大学の学生の山崎くんやその同級生が手伝いに来てくれた。後から森田さんの奥さんのその子さんや山崎さんも手伝いに来てくれた。

ここのみんなも無償での手伝いで、本当に感謝してもしきれないほどだ。このイベントを実現可能にしているのは、とにかく気持ちの部分で動いてくれる人がたくさんいるからだ。とにかくあったかくて、すばらしい人達に支えられていると思う。

本番前に、公園ライブを見に行った。RMSの主要参加メンバーやいつも応援してくれている人達がすでに勢ぞろいしていて、夕日に照らされてのゴキゲンなライブをしていた。みんな楽しそうだった。この市民会館でのライブはこれ一回で終わらせるつもりはないので、この日公園で歌っていた連中が一人でも多くあの舞台に立てるようにRMS自体に力をつけていきたいと思った。

開場がせまると、入口の前に並んで待ってくれているお客さんも増えてきた。楽屋の雰囲気もなごやかであったが、だんだん独特の緊張感がただよってきた。受付も会場も音響も照明もそして出演者もそれぞれ準備がととのい、いよいよ開場となった。

(つづく)


2002.01.18 - 3Fスペシャル回想記 part 3

(つづき)

開場されてからの30分間はかなりドキドキした。お客さんは来てくれているのか不安で、舞台のそでから何度もこっそりのぞいてしまった。

ゆーいちさんのアイサツと共に本番が開始された。すごく緊張しているたけやくんを「見送ってやる」と言って舞台に出ていく姿までしっかり見て、後は2F席に行ってずっと演奏を聴いていた。

たけやくん、大矢くん、そしてこんず with 10ミニのライブを見ながら、いちいち涙が出てきてしまった。たけやくんにしろ大矢くんにしろ、最初出会った頃は正直どうにもならないライブをしていたのだが、はっきしいって別人のように堂々としていて、安心して演奏を聴くことができた。こんずはRMSの前からの長いつき合いなので、彼にはいつもものすごく期待をしてしまう。でも期待以上にすごいライブだったので、またうれしくて自分のことのように泣けてしまった。

森田さんと福山さんのライブを自分の準備のため見られなかったが、湘南で僕が音楽的に最も信頼している二人なので、安心して準備ができた。やはりすばらしいライブだったらしい。

そしていよいよ自分の出番が近づいてきた。浜野さん、七條みきちゃん、藤井さん、筒井さん、つっちーを集めて話をした。
「もういいライブは約束されているので、後は全力を尽くして下さい」
と、それだけ言った。

出番前にいつも僕らを支えてくれている高岡おじさんが楽屋に来て「涙が止まらなくて見れない」と言っていたほどすでにすばらしいイベントになっていて、そんな環境の中でライブができる幸せだけを考えて本番の舞台に向かった。

(つづく)


2002.01.19 - 3Fスペシャル回想記 part 4

(つづき)

ライブは、やはりすばらしいものになった。

各自のプレイも何かを超越していたし、お客さんの熱気も最高潮に達した。あんなに広い会場なのに、まるで小さなライブハウスで演奏していると思うほどお客さんと1つになった感覚があった。

アンコールでゆーいちさんに抱きしめられた瞬間に、突然涙があふれ出て止まらなくなってしまった。うれしかった。ただみんなと一緒にこのイベントをやれたことがうれしかった。

「橋の上に座って」でRMSのみんなが舞台にほとんど上がってきた。そしてお客さんもみんな合唱してくれた。まさしくあの日あの場所に「夢」が形となってあらわれたと思った。

ライブが終了して、ボロ泣きだったが、撤収の時間が1時間しかなかったので、泣きながら片づけをした。

なんとお客さんとして来てくれた人も含めて今まで一緒にやってきたRMSミュージシャン達が撤収に手を貸してくれて、見事に時間内で完了した。本当に気持ちのあたたかいすごいやつらと一緒に活動してきたんだなぁと改めて思って、また泣いてしまった。

なにからなにまですばらしく、最初から最後まで一点の曇りもない今日の空のようなイベントだった。

この当日だけでなく、そしてあの会場にいた人達だけでなく、RMSは数えきれないあたたかい心を持った人達に支えられてきました。とにかく、すべてに感謝。そして、これからもよろしくお願いします。

(つづくっ)


2002.01.20- 3Fスペシャル回想記 part 5

(つづき)

最後に。

打ち上げに遅い時間まで場所を提供してくれた朝日町パラダイスの犬塚店長とスタッフの皆さん。そしてこのきたない字にめげずにパソコンにいつも打ち込んでくれる管理人のRj。

お客さんという立場を超えていろんなことに協力してくれたジョーカーさん。イラストをいつも描いてくれた岡山のMさん。3Fにいつも足を運んでくれる仲間達。

そしてRMSに気持ちよく場所を提供してくれるお店やスタッフの方達。後援してくれたタウン誌「リベルタ」の方々。そして僕らをあたたかく見守り応援してくれているお客さん。

まだまだ感謝したい人はたくさんいます。

とにかく、とにか〜く、ありがとう。

そしてこれからも一緒にすばらしい音楽を通してゴキゲンな毎日を作っていきましょー!

2002年もやったるでーーー。

(おしまい)


2002年:はっとの野望

2002.02.02 - 第一回:はっとの野望

はじめに

みなさんコンニチハ。SWAMPSのはっとです。昨年はドトウの365日毎日ライブやRMSの活動、藤沢市民会館大ホールでのイベントなど、精力的な活動をみなさんの応援のおかげで行うことができました。本当にありがとうございました。

「今年はどうすんの?」と仲間やお客さん、親(親には違う意味で...)など、さまざまな人に尋ねられています。

というわけでスタートするのがこのコーナー、「はっとの野望」。

僕が日々何を考え、どういうつもりで歌や音楽活動をしているのか?そんなことを、近況報告も交えながら週一ぐらいの更新ペースで書いていきたいと思います。

純粋に歌を聴いてくれる人達に対して感情の押し付けのつもりはないので、あくまでエンターテインメントの一部としてこのコーナーを楽しんで頂ければと思います。

このコーナーに対するご意見、ご感想、アイディアなどは、今後の活動の参考になりますので、ドシドシSWAMPS掲示板にでも書き込んで下さい。よろしくお願いします。


近況報告

1月はペースを落としながら活動しています。「我に返る活動」という言い方がピッタリかな?

昨年、何をしたから自分はこうなんだ!ということではなく、自分は本来こういう人間だからこうしていこうという、常に原点と自分を見失うことのない地に足の着いた活動を心がけてやってます。

それでもなんだかんだ忙しいけどね。

2月も結局月半分はもうライブが決定してるし。


野望創成

【Rj註:都合により削除。以下、はっとのexcuseを掲示板より引いておきます。】

2月6日のライブを終えて 投稿者:SWAMPS 投稿日: 2月 8日(金)02時39分22秒

2月6日のライブに足を運んでくれたかた本当にありがとうございました。

とは、言うものの実はこの日のライブはいろいろありまして、来てくれた方に不愉快な思いをさせてしまったことを心からお詫び申しあげます。

たぶんこの日にいなかった方にはなんのことか、わけワカメだと思いますが、あえて内容には触れませんご了承下さい。今回の件でいろんな事を考えさせられるきっかけとなり、改めて自分の音楽をやっていくうえでのスタンスを確認したので、来てくれた方に対してだけじゃなく、広い意味で僕の考え方をもう一度書いておこうと思います。

例えば一般的に言われるプロ意識というもののために僕が考えている大切なものを犠牲にしなくてはならないのであれば、僕はそんなものは必要ありません。甘いと言われようとも、きれいごとと言われようともかまいません。僕が考える大切なものとは、ただ音楽と人を愛しているかということだけです。

たとえ一人でも心から僕の歌を楽しんでくれる人がいれば全力で心から歌う、ただそれだけです。それ以上でもそれ以下でもありません。それが僕が考えるプロ意識です。

ただ今回の件が勃発する前に僕自身に迷いや落ち度があったことも事実です。それが結果として2月6日の状況を招いてしまったのかもしれません、本当に来てくれた方には申し訳なくてしかたありません。ごめんなさい。この反省を次のステップにいかしていこうと思いますので、これからもよろしくお願いします。

2月6日のライブを開催した場所の責任者の考え方が変わらないかぎり、僕とあの日の出演者はこのイベントの継続は無理と判断いたしましたので。このHPでのスケジュールやそれ関連の情報はすべて削除させて頂くことをご了承下さい。

その他のRMS関係のミュージシャンのライブの継続するか、しないかは各自の判断に任せました。告知してしまった関係やいろいろな事情があると思いますが、やるにしろやらないにしろ、みんなお客さんの事を第一に考えての判断になると思いますので、引き続き応援してあげてください。よろしくお願いします。

どうも、どうも 投稿者:SWAMPS 投稿日: 2月11日(月)00時23分14秒

みなさん、書きこみありがとうございます。あいかわらず励まされまくりだね。

でも、もう気持ちは前に進んでいます。安心してください。あの日不愉快な思いをさせてしまった人や、RMSの仲間達の気持ち全部を晴れさせてしまうくらい楽しい事を力を合わせてやっていくのだ!!

そうそう前回の書きこみで歌を歌っていく上でのプロ意識について自分なりの考えを述べましたが、ご指摘を受けた部分があったので訂正します。一般的なプロ意識と言葉を使いましたが、それは2月6日の場所で僕が強要されそうになった意識のことであり、一般的とは言えません。その内容は詳しく書いても無駄なことで、排除されちまえばいいと思うようなことなので、書きません。

人それぞれ考えかたがあるにせよ、僕が思うプロ意識に近い考え方を持っているミュージシャンと活動していけたらいいなあと思います。どんな大きな話になろうとも、どんな大きなお金が動こうとも一人、一人の心を大切に、その心にきちんと届く歌を歌っていきたいです。


夢の実現

野望だけでなく、1月中にRMS関係でいくつかの夢が叶い始めています。

(1) 「藤沢フォークフェスティバル」、ON Air決定

毎月最終土曜日19:30〜開催の朝日町パラダイス「藤沢フォークフェスティバル」のイベントの模様がFMレディオ湘南においてON Air決定。

#1月26日分は収録済。詳細は後日報告致します。

(2) 「フォークフェスティバル」、下北沢進出

下北沢ロフト店長より、是非フォークフェスティバルをうちでもやってほしいという依頼があり、承諾。

最強メンバーを引き連れ、さらに東京内部へとRMSが食い込みます。見逃すな!

#開催日:4月13日(土)

(3) FM湘南ナパサ、「旅をあなたに」出演決定

FM湘南ナパサ、第2/第4金曜19時〜の「旅をあなたに」に、RMSミュージシャンがレギュラー出演決定。

#SWAMPSは2月8日に出まーす。

(4) KUZUHA、CD発売日決定

RMSライブ参加ミュージシャン「KUZUHA」のメジャーデビューCDが、4月1日(日)に全国レコード/CDショップで一斉発売。


おわりに

なんかこうして見ると実はすごいペースで物事が動いてることが実感できます。

RMSやRMSミュージシャンが全国的に認知され、もっと広く歌を聞いてもらえる日もそう遠くないはず。

がんばりましょー


2002.02.05 - 第二回:球場ライブ

はじめに

全国ツアーの話を掲示板に書き込んだ途端、あまりの反響の大きさに自分でもビックリしてる今日この頃、みなさんいかがお過ごしでしょうか?SWAMPSはっとです。

吐いたツバは飲まないタイプなので、全国の皆さんのところに顔を出すのも時間の問題でしょう。顔を出すのは僕だけじゃない可能性も大きくなってきています。お楽しみに。

野望

先日、リベルタの藤沢支店長とあいさつがてら話をしてたら、何かとんでもない夢のような話が持ち上がりました。 この人の考え方もすばらしくて、なんだかきゅうくつで暗い時代だからこそこの湘南を夢や希望のある街にしたいと思って、タウン新聞の仕事に精を出しているそうです。 そこで二人で考えたのがなんと「球場ライブ」。実は近くに「はっぺ球場」というのがあって、そこで湘南ミュージシャンを集めてデカイイベントをやろうという話が持ち上がりました。 時間と労力を考えると途方もない話ですが、きっとたくさんの人の情熱が集まれば必ず実現すると思います。いや、やろうよマジで。そうだな、今年は無理でも来年の夏とかね。

実現

着々と物事は進んでいくようで、先日朝早起きをしたらSWAMPSの「粉雪」がFM横浜でかかっておりました。しかもこれがなんだか非常に評判がよかったみたい。

この曲はVMFからのデビューのきっかけを作ってくれた曲だし、浜野さんと二人で初めてアレンジから練り上げていった、そんな特別な曲です。あいかわらず愛される力があるみたいだ。

でも、冬期限定な曲なので、これからは新録の「らくがき」もON Airできるようにしておきます。みなさん、まじでガンガンリクエストして下さい。お願いします。

おわりに

そんなわけで、あたたくなるにつれてSWAMPSもRMSもものすごい勢いで活動していく気配がでてきたので、みなさんも一緒に楽しんでいきましょう。よろしくねー。


2002.02.13 - 第三回:ジングル大作戦

近況報告その一

いやあ、音楽や歌を歌うということは素晴らしいことだと思ってやってるんだけど、いいことばかりじゃなく、いろいろイヤなことも経験するなあ。でもね、そのイヤなことも乗り越えられるくらい、やっぱり音楽は素晴らしいんだよね。

さすがに何か事件があるとその時は落ち込んだりするんだけどさ、ちっとも引きずることがないんだよね、ここんとこ。と言うのはね、やっぱり音楽が出会わせてくれた人達が支えてくれるからにほかならないんだ。

先日の渋谷でのゲリラ・ライブでまた改めてそんなことを感じさせてもらった。あんなに寒かったのに、なんてここはあったかいんだろうとマジで思ったよ。

野望

なんかさあ、人に夢を語ると夢が消えていくってこと、よく言うじゃない?このコーナーもよくないのかなぁって思ったりしたんだけど、実は間違った方向に進まないためにも大切な気がする方が大きいので、続行だす!

昨年末、FM湘南ナパサでのカウントダウン番組内で行った「RMSジングル大作戦」がすごく評判がよくて、是非本格的に使用の方向に検討中とのこと。ただ、あの日の録音は雑音が多いので、改めて録音した上で3月くらいからON Airされるかも。すげえよね、それって。

近況報告その二

先日、FM湘南ナパサの田中ようこさんの番組「旅をあなたに」に出演してきました。

田中さんはすごく丁寧で礼儀正しくてあったかい方でした。毎月第二、第四金曜日の19:00から78.3MHzでON Air中で、田中さんの人柄も聞くとわかると思うので、是非聴いてみて下さい。RMS連中も継続出演中です。次回のゲストは「JUNJI」です。2/15にON Air。聞こえる人は聴いて下さい。

この番組内で田中さんが「湘南を代表するミュージシャンの集まり」とRMSを紹介してくれたり、「RMSの人達の歌は人柄がよく出ていて、心がある」とほめてくれたことにいたく感動して、テレてしまいました。

湘南を代表するかそうかはともかく、たしかにRMSに関わる人すべてに「心」を感じるのは僕だけじゃないはず。これからもがんばるぞ。


2002.02.19 - 第四回

近況報告 - 食料援助

結局なんだかんだ言って今年もライブをたくさんやっております。2/15〜2/18の間なんてダブルヘッダーも合わせて5連チャン。でも1つ1つ確実に内容が違くて、しかも濃いライブをやって、自分なりに好感触です。

来てくれるお客さんにも感謝、感謝の毎日。しかも、バレンタインデーのどさくさに食料をいただきまくっております。助かってまーす。

野望 - 情報募集

そんなこんなで、まだちっとも生活の安定しない僕ですが、全国ツアーの野望はつのるばかりです。

この間、福岡のRYUさんが湘南に来てくれた時に、こっちで言う「ぴあ」みたいな雑誌を持ってきてくれて、それに福岡のライブハウスの情報がずらーっとのっていました。これ、かなりありがたいです。

もし、東京近郊以外から湘南に来てくれる方は、是非その土地のライブハウスの情報がのっている雑誌を持ってきてもらうとありがたいです。よろしくおねがいします。

メールでも続々と情報をいろんなお客さんから頂いてます。まじで貴重なので、これからも教えて下さい。Mさん、今野くん、つかさくん、ありがとねー。

実現 - 手作りCD

今回は特に目立った動きはありませんが、2/24(日)に町田「Do it?」でのライブで販売するSWAMPSのCD(\300)は、中味からジャケットからかなり手作りモード全開です。でもすごくあたたかいものになるので、かえって貴重品のこのCD、お買い求め下さい。10ミニのシングルと合わせてね。よろしくー。

おわりに - TIPITINA

鎌倉のTIPITINAでライブをやった時、マスターのキンタさんに「僕、全国ツアー行くんすよぉ」って言ったら、「そりゃ放浪だろ」って言われてしまった。いいこと言うねー、キンタさん!

TIPITINAは毎週月曜日レディースDAYで、なんといくら飲んでも1000円なんだって。土日は必ず実力派のミュージシャンがライブやってるステキなお店。僕はここではまだかけ出し扱いのミュージシャンです。

鎌倉駅を市役所の方に出てすぐ左に進み、一本目の十字路を左折するとすぐ左手にあります。年中無休だよ。19:00-3:00まで。


2002.02.28 - 第五回

近況報告

花粉症には動物性たんぱく質がいけないと聞き、去年から肉をあまり食べなかったのに、結局今年は花粉症にかかってしまっています。ただ確かに今のところ症状は軽い。

しかし最近極貧生活に突入、しかも母親が突然アフリカに旅行に行ってしまい、頼みの飯さえなくなってしまい、背に腹はかえられず、安い肉料理を食べはじめ、去年一年間の苦労はなんだったのか状態になってしまいやした。だって肉、安いんだよ。松屋なんてみそ汁ついて\290で牛丼食べれるし、マックなんて\80でしょハンバーガー。もう無視できませーん。

藤沢フォークフェスティバル

やっぱりRMS関係のライブは楽しいし、スゴイということを2月23日(土)、24日(日)の二日間のライブで実感しました。23日は藤沢フォークフェスティバル Vol.11だったんだけど、いやあ、内容充実しすぎですごかった。

高橋あや子メインステージデビュー、Norの立ち上げメンバーのかんろくライブ、天使の歌声、確かなクオリティ、しのみやさん、そして誰もが度肝をぬかれまくりのBITO、そんでRMSの兄貴O-ch(10ミニ)の全新曲ライブと、すさまじい時間がすぎていきました。お客さんも満員御礼ありがとー。

そんなわけで、次回は「藤沢フォークフェスティバル一周年記念」です。3つ企画を用意しました。

  1. 飛び入り常連さん大会

    今までまだメインステージに立ったことがない飛び入りの常連さんを5〜6組セレクトして、メインで3曲ずつ歌ってもらいます。どんなステージがくりひろげられるか、お楽しみに。

  2. みんなで乾杯!

    メインステージの後、みんなで一周年の乾杯をしましょう。出演者もお客さんもスタッフも、このイベントは1つなので、本当に心からみんなでお祝いしよう。

  3. 3Fオールスター飛び入り

    一周年ということで、みんなくることでしょう。スゴイやつらが朝までノンストップで歌いまくります。よろしくー。

    #今回は飛び入りも特別企画なので、出順は主催者側が決めさせて頂くことを予めご了承下さい。

町田Do it?

そんで24日(日)の町田Do it?でのライブは、シングルCDの発売もかねた湘南3バンド対決。ペパーミント・ジェット、10ミニ、SWAMPSの炎のステージがくりひろげられました。いやあなぜか浜野とんこつ師匠が10ミニのステージに上がり、O-chとギターバトルをくりひろげたのはびっくらこきました。

まあ、O-chには「SWAMPSとのバンド対決だぜ!」なんて前から言われてたんだけど、O-chが自分でMCで言ってたように僕は全然そんな気なくて、個人的にファンの10ミニと同じステージでやれることもうれしくて、かなりハイテンションなライブをやってしまいました。楽しかったー。来てくれたお客さんも大盛り上がりで最高だったねえ。

そんでね、Do it?の人からこういうRMSのバンド企画も是非月1でやろうよとオファーがありました。音楽を大事に考えてくれるあたたかいライブハウスなので是非是非実現しましょう。

アコースティックもいいけど、また違った気持ちよさがバンドにはあるので、楽しみだよねー。

おわりに

まだまだ寒いのに、ライブをやる度に湘南地区だけでなくいろんなところからお客さんが来てくれて本当にうれしいです。本当に単純にみんなに会えるとほっとします。そしてそれがまちがいなく活動の原動力になっているので、これからも応援よろしくというか楽しみにきて下さい。僕だけじゃなく、RMSの連中はまちがいなく120%全力投球のライブをお約束します。


2002.03.12 - 第六回

近況報告

花粉症、日に日にひどくなりまっせー。たまらんわ。でも今年は今年からかかる人も多くて、なんとなく仲間が増えてうれしい。ならないとこの苦しみはわかち合えないからね。うふふ。

そんなわけで、まあ何とか食べていけるだけの仕事は見つかり、生きのびることはできるようになったんだけど、これだけじゃツアー費用はたまらないので、もっと仕事を見つけないのだ。

でも世の中きびしくて、短期、茶ぱつ、ヒゲ、体力なし、頑固なそんないたいけな僕をこころよく受け入れてくれる所がめったにありません。しかしみんな待っていてくれるので、なんとか見つけてかせぎまくるぜロックンロール!

RMSのサイト開設

RMSのホームページがRjの尽力により立ち上がりました。(→ http://rj-chaos.sakura.ne.jp/swampyhatto/rms/

ツアーに行った先々でこのホームページアドレスをバラまいてくるつもりなので、声をかけさせてもらったミュージシャンは責任を持って自分の活動状況(ライブ予定)を告知してもらえたらと思います。

下北沢LOFT・RMSオールスターライブ

4月13日(土)の下北沢ロフトのオールスターライブはただのイベントではありません。必ずこれをきっかけに大きな流れになっていくイベントなので、是非ともいろんな人に声をかけてRMSの存在を広く世に紹介していきましょう。きっとまだまだRMSに賛同するミュージシャン、お客さんはたくさんいるはずです。

3曲という演奏になりますが、この3曲が日本の音楽環境に与えていく影響ははかりしれないと僕は思っています。一緒に全力を尽くしましょう!

おわりに

最近は、自分の生活ペース、スタイルもがらっと変わり、なんだか本当にアーティストっぽい生き方になってきました。

そのアーティストっぽいっつーのは決して人に誇れるものではないけども、やっぱ生き方として自分にむいてるのかなあ?と思ってたりします。まあ人間、納豆があればたいがい大丈夫だよ。まじで。

不景気でなんかいつまでたっても世の中明るくならないけど、RMSにしろSWAMPSにしろ音を出している連中はゴキゲンなので、是非ともこれからもハッピーになりにライブに足を運んでねー。


2002.06.14 - 第七回

突然の再開

あまりにブランクがあいてしまったので、バレぬように再開。

先日、町田「Do it?」で「いっと」というシンガーソングライター主催の「電車でDo-U?」というイベントに参加させてもらった。その日は6月9日。そう、日本初勝利の日でもあった。

いつもお世話になっているDo it?の大坪さんが、「若くてがんばってる男の子がアコースティック・イベントを立ち上げようとしてるので、RMSで応援してほしい」というので、日本戦見たかったけどRMS代表つうことで参加させてもらった。

内容は5組のアーティストのステージを床に新聞紙をひいたお客さんが見るという、どこかのイベントに似ているような、そんなアットホームなものだった。でも「いっと」くんは一生懸命で好感が持てたし、周りで支える連中もみんな本気でこのイベントを盛り上げていこうという感じで、すごくよかった。

最近RMSでも若手のNor、有谷くん、坂本くんなどが積極的に新しく歌える場所を見つけてきてくれる。千葉ではなべくんがイベントを立ち上げたりと、なんか若い人のエネルギーがすごい。こういう状況を見ていると、RMSを大矢くんと立ち上げて約一年たつけれど、去年まいた種がポツポツと咲きはじめてる、そんな気がする。去年やってきたことが無駄じゃなかったんだあと最近思えるようになってきた。

湘南はこれからますます音楽があふれる街になっていくだろう。そして、その波が全国に広がっていくのもそんな遠い話じゃないかもしれない。

(つづく)


2002.08.04 - SWAMPS 北の宿からツアー回想記 part 1

プロローグ

アメリカに歌いに行ったり、365日毎日ライブをやったり、イベントを立ち上げたり、とにかく時や場所を選ぶことなくいろんなところで歌ってきた僕ですが、なぜか日本全国ツアーどころか日本での演奏ツアーを独自の企画でやったことがなかったので、今年はそれだーっとホームページの掲示板に書きこんだのが、そもそも今回のツアーのきっかけでした。

書きこんだとたん、様々な人から反応があり、しかも地方のスワンプスサポーターからその土地の情報までたくさん頂くにつれ、だんだんその企画も現実味をおびてきました。さらに、当初自分一人で無計画に行くつもりが、バンドメンバーがみんな「俺もいくー」と言い出したから、さあ大変。大の男4人が、マネージメントもなくプロモーターのコネもなくツアーをやることが果たして可能なのか?

金銭的な面、スケジュールの面、そしてブッキングなど、一人なら道ばたで歌ってそのまま公園でも寝れるし、交通費などヒッチハイクでもしてうかせりゃいいけど、バンドとなるとそうもいかん。いきなりいろんな課題が自分につきつけられました。

まあ、一度吐いたツバは飲まないたちなので、じゃあ、どうしたもんかと考えた末、とりあえずバンドで何ヶ所かピックアップして行くことにしました。時期は人がたくさん動く夏がいいだろう。そして、夏はやっぱすずしいところがいいよねという理由で北海道に行くことに決めました。

青森に仲間のKUZUHAのバンドのベーシスト原さんの弟さんがやっている「シューダビヨン」というライブハウスがあるのも知っていたし、スワンプスサポーターの今野くんがものすごく熱心に山形の資料を送りつづけてくれたことから、この東北2県も追加して行きましょうということになりました。しかし、青森以外は知っているライブハウスなどなく、北海道出身の仲間に聞いたり、今野くんの調べてくれた情報を元に直接電話して演奏するライブハウスを決定しました。

ツアーで交通費や宿泊代、食事代など金銭的な面でキツイので、そろぞれライブハウスごとに交渉して、というか無理を言って、非常に条件よくやれることになりました。送った音源の説得力やRMSの話、今後の交流の話などいろいろ今まで積み重ねてきたことが、今回好条件でそれぞれのライブハウスが迎えいれてくれたことにつながったのではないかと思います。

できるなら車は大きなワゴンなどがあればよかったのに、メンバー誰一人持っておらず、いろんな友達に頼んでみたが貸してもらえず、ただ一人貸してくれそうな人がいたが、でもその何日か前に非常にいやな予感がしたので借りるのをやめました。その人とのメールのやりとりが意味もなくできなくなるということがあいついだのです。これは借りたら事故るなと予感した僕は、メンバーに車2台で行くことを提案しましたが、金銭的な問題でやっぱ1台じゃなきゃ無理ではということで、僕の車1台で行くことに決定しました。青森から北海道はフェリーに乗らないと車では行けないので、当日乗れないと大変だと思い、前もってJTBでチケットを買いました。

宿泊は、車でどれくらいその場所までかかるとか、いつ寝られるのかが不透明だったため、札幌で仲間のビトの実家と、山形のライブハウスの店長さんが手配してくれた宿をのぞいては当日着いたら決めることにしました。高速代やライブハウスの入り時間は調べてわかりましたが、その他はスケジュールの立てようがないため、「いーや、行っちゃえ」みたいな感じでそれ以上計画をたてるのをやめました。

さあ準備万たん。スワンプスツアー、はじまりはじまり


2002.08.06 - SWAMPS 北の宿からツアー回想記 part 2

スケジュール

とりあえず、今回僕らがたてたスケジュールを見てみよう。

7月26日(金)
  • 9:00 浜野家出発
  • 10:00 佐々木、緒方家出発
  • 行けるとこまでいく。
7月27日(土)
  • 16:00 青森「シューダビヨン」入り
  • フェリーの中で寝る。
7月28日(日)
  • 16:00 札幌「サウンドクルーベースメント」入り
  • BITOの実家で寝る。
7月29日(月)
  • 北海道観光
  • フェリーの中で寝る。
7月30日(火)
  • 16:00 山形「フランクロイドライト」入り
  • 山形の宿で寝る。
7月31日(水)
  • 帰る。

見て下さい、この完ペキなスケジュール。どこをとってもスキのない、われながらすばらしい。そんなわけで、果たしてこのスケジュール通りに旅はすすんだのか、乞うご期待。

7月26日(1日目)

Departure

浜野さんの家は僕の家から20分くらいなので、とりあえず家を8:30くらいに出ようと思ったら、その矢先、浜野さんから電話がかかってきて、「ごめん、まだ仕事の帰りで、上大岡なんだ」と連絡があった。

そんなこんなで浜野さんの家を出発したのが10:00過ぎ。すでに予定はめちゃめちゃになりつつあるなあと思って運転してたら、まさやさんから電話で「今日、夜出発だよね」という、またもや信じられないようなことを言われてしまった。彼は僕が前もって11:00出発というメールを送ったのを夜の11時と思い込み、のんびりしてたらしい。

おいおい、後一人は大丈夫なのか、と横浜新道に乗る直前におがちんさんに電話したら、「待ってるよー」とたのもしい返事が返ってきた。さすがSWAMPSのリズムを支える男、おがちん。しっかりしている。

東京の道路は平日の昼間混んでいて、まさやさんの家に着いたのは12時半過ぎくらいだったと思う。しかもそこでゆっくりお茶をしてからおがちんさんの家にむかい、腹がへったので飯を食おうということで、近くのサイゼリヤで食事をしたので、結局、本当の出発は14:00過ぎになってしまった。

もう予定より3時間も出発が遅れてしまったが、4人の心はすでに東北にむかってはばたいていたのだった。

All right, Hold tight...

高速に乗る前に、おがちんさんのアイディアでハイウェイカードを買うことにした。3万円分買うと+2千円分ついてくるのでスゲエお得だ。そして和光から外環に乗り、浦和から東北道に入り、ひたすらつき進んで行った。

東京までは僕が運転したので、まづは浜野さんに交替してもらった。SWAMPS(のメンバー)は全員運転できるので、かなり便利だ。最初の到達地、盛岡に着くまで【浜野→おがちん→まさや】という順番で交替しながら運転していった。

一緒に乗っていて思ったのが、それぞれの運転に性格があらわれていておもしろいなあということ。浜野さんは80km/h以上出すとこわくなっちゃうらしく、ずーっとそれくらいのペースで走る慎重派。おがちんさんは平均的に飛ばしまくるアグレッシブ派。まさやさんは飛ばしてんだか飛ばしてないんだかよくわからんマイペース派。僕の運転は、浜野さんに言わせると無茶しすぎらしい。あんま自分ではよくわかんないんだけど、気付くととんでもないスピードで走ってる時はよくある。運転がうまいと言われたことは一度もない。

盛岡到着が20:30くらいだから、東京から約6時間ちょっとかかった。その6時間のドライブの中で、おがちんさんが作ってきたオムニバステープの中の1曲、「恋の救急車」がかなりヘビーローテーションでかかっていた。これはまさやさんが18年くらい前にやっていたバンドの曲で、聴けば聴くほどくせになる名曲だ。帰る頃には一緒に歌えるようになってしまった。

お医者さま、お医者さま、早くきてー
わたし、胸がはちきれそうよー
いつもドキドキ大変よー
おばあさまに相談したらー♪

そんな曲だ。

Morioka - Oyster Cult

盛岡で高速を降りて、まづ飯を食べようということで、盛岡駅にむかった。そして、駅の近くの居酒屋で酒を飲みながら飯を食べた。

盛岡に行ったら「岩ガキ」を食べるといいよ、と前々から友人に言われていて思い出したので、それを注文して食べたら、これのうまいことうまいこと。信じられないくらいの大きさのカキがデンと出てきて、今まで味わったことのないようなクリーミーな味わい。あまりに感動した浜野さんは、カキの貝ガラを「灰皿にする」とおみやげにもらって帰ってきた。

もうかれこれ2年近くこのメンバーでやってきて、でも4人だけで酒を飲むのが考えてみるとこれがはじめてであった。おのずといろんな話になり、結構初日から熱いトークがくりひろげられた。期せずして貴重な時間が持てたなと思った。

食後、近くのカプセルホテルにチェック・インした。なんとサウナ付きで\3800と超安い。おがちんさん以外、カプセルホテルに泊まるのははじめてだったので、みんなではしゃいでしまった。

Street Live

せっかくホテルの目の前が駅なので、浜野さんとストリートライブをやろうということになり、歌っていたらおがちんさんやまさやさんもついてきた。歌っているうちにたくさん人が集まってきたが、なんと地元の人が一人もいなかった。しかもなぜか全員ミュージシャンであった。

宮古に向かう途中の、大宮から来たドラマーの男の子。仙台から来た、やたら歌のうまい女の子「らい」ちゃん。演歌歌手のバックの仕事で東京と大阪から来た二人組のミュージシャン、しかも一人はおがちんさんと同じ中学出身。

歌いまくり、セッションをしているうちに、おもしろくなってきてしまい、時間を忘れてしまった。気がつくと朝3:00になっていた。

もー、いいかげん寝ましょうよということで、みんなにバイバイしてカプセルホテルに潜って寝ることにした。


2002.08.16 - SWAMPS 北の宿からツアー回想記 part 3

7月27日(2日目)

The Farm

昨日の晩はあんなに寝るの遅かったのに、うちのリズム隊二人は起きるの早い早い。結局3〜4時間くらいしか僕も寝られなかった。普段いつ寝ているのかよくわからない浜野さんが今回の旅では一番寝ボスケで、僕が朝、サウナから出てきてもまだ寝おきで、しかも浴衣でタバコプカプカしながら朝のワイドショーを見ていた。

今日はせっかく盛岡に来たので、朝、小岩井農場に寄って牛乳を飲んでから青森に旅立とうということになり、快晴の中、車を飛ばして農場まで行った。着いたらいきなりみんなでソフトクリームを食べ牛乳を飲んだ。しぼりたてはやっぱうまい。こくがあるのにさっぱりしている。

農場は見るからに自然いっぱいで、すごーく広かったが、やる気のない4人組は半径50mくらいしか歩かず、「だいたいわかった」と各自納得しながらその環境を楽しんでいた。そのうち羊の毛刈り大会がはじまったが、みんな遠まきにそれを眺め、たそがれるばかりなので、途中で見るのをやめて、ゲートを出ることにした。ゲートを出たところの景色のいい食堂で、ブランチにみんなでソバを食べた。僕は追いうちでそこでも牛乳を飲んだ。やっぱりうまかった。

盛岡から青森までの道のりは、ほとんど僕と浜野さんで運転した。富士山に似た山がある度に「帰ってきたねえ」とかわけわからんことを20回くらい言いながら。

Aomori - Dejavu

青森には予定より早く着いてしまったので、海を眺めたり、楽器屋に行ったり、市場で高いウニ丼を食べている人をジーっと見たり、デパートをうろついたりして時間をつぶした。

驚いたのが、そのデパートの中のお店が横浜のみなとみらいにあるお店と全く同じだったことだ。売っているもの、レイアウトなど、雑貨屋兼本屋さんなんだが本当にそのままだった。TVやインターネット、そしてこうしたチェーン店の進出などにより、東京と地方の文化的な格差はあまりなくなってきているようだ。若い店員さんはほとんどなまっていないし、いいことなのか悪いことなのかわからないが、ちょっとさびしいことなんじゃないかと、そんなことを思った。

入り時間になり、本日ライブをやる「シューダビヨン」の前に行くと、まだ店を開いてなく、対バンの「ダストチルドレン」のリーダー「佐賀さん」が来ていた。人のよさそうなシャイな感じの人で、店長のシューさんが来るまで、いろんな話をした。そのうちダスチルのドラムの女の人、そして続いてシューさんが「遅くなりました」と言ってあらわれた。

KUZUHAバンドでベースを弾いているお兄さんを見ていて、弟のシューさんはどんな人なんだろうと思っていたが、渋いお兄さんとはちょっと違い、さわやかな感じの好青年であった。すごく若く見える人で、後から僕より年上と聞いてめちゃめちゃおどろいてしまった。

そんなこんなでリハーサルをして、シューさんや佐賀さんにおいしい店の情報をもらって、夕飯を食べに行った。しかしやはり高いウニ丼には手を出せずに、僕はえび丼、まさやさんは親子丼、おがちんさんはカツ丼、そして浜野さんはカレーライスという、わざわざ青森まで来て食うものか?というものをたらふく食べて、その後、ねぶた祭りのねぶたの倉庫を見学してから、シューダビヨンに帰った。

Live #1

お店は、シューさんやダスチルのみなさんが集めてくれた方々や、そして今回のツアーを楽しみにしてくれてたスワンプスサポーターの方々などで、いい感じでいっぱいになった。

まづ最初にシューさんも参加している「ダスチル」のライブが始まった。土方や魚屋さん、そしてなぜかボーカルの人は白衣を着て、みんなそれぞれ思い思いのすてきな衣しょうで登場した。「チョビヒゲの恋」や「花ちょうちん」など変わった曲が続き、ユニークでリラックスしたしかも熱いライブがくりひろげられた。実は長年音楽をやり続けてる人達が集まったバンドで、曲もカッコいいし、ステージングも一気に見せてしまう、さすがというライブだった。

ダスチルのライブが大盛況のうちに終了し、いよいよスワンプスのライブが始まった。

初めてのツアー、そして初めての地方バンドライブということで気合いが入ったが、結局どこに行ってもスワンプスはスワンプスでしかない、そんなライブをやれたと思う。PAはシューさんで、音響的にも非常にやりやすかった。お客さんも非常に盛り上がってくれて、すごくうれしかったです。

ライブ終了後、打ち上げがあって、お店のスタッフの方々やダスチルのメンバーとみんなで乾杯をした。ひやむぎやビールなどをふるまってもらった。青森についてのこと、音楽のことなど、いろんな話がみなさんと出来て、めちゃめちゃ楽しかった。しかしうちらは夜中のフェリーで北海道に行かなくてはならなかったので、後ろがみをひかれながらお店を後にした。

Tsugaru kaikyou natsugeshiki...

フェリーのりばに着き、チェックインして、フェリーの出発を待った。シューさんからフェリー乗り場に24時間やっているラーメン屋があると聞いた浜野さんは食べに行ったが、「こんでてダメだー」と断念して戻ってきた。

酔ってたせいもあるし、ひどく疲れてたからか、なぜかそこら辺の記憶があまりない。いつのまにかフェリーの二等船室にいて、爆すいしていた。みんなはフェリーについているシャワーなどをあびたそうだが、僕は北海道に着くまでビクともせず眠りつづけてしまった。


2002.08.20 - SWAMPS 北の宿からツアー回想記 part 4

7月28日(3日目)

Northern Site

青森から函館まではフェリーで4時間。その間、完璧に熟睡してしまった。

船から港に車で降りた時、おがちんさん以外は北海道上陸初めてだったので、まじで感動した。「おーっ」とかみんなで言ってしまった。朝5時ちょっとすぎだったので、港の近くのローソンで朝ごはんを買った。札幌に着いてからのんびりしようということで、そのまま休まず札幌に向かった。

その道のりはずーっと浜野さんが運転してくれた。前方に船も一緒だった競走馬が乗ったバスが走っていて、しかも片側一車線のため、なかなか追い抜けずに途中までかなりイライラしながらチンタラ走ってしまった。高速は使わずに中山峠を抜けて約4時間の道のりだった。途中の景色などもやっぱり北海道らしい感じで、ついに来たなあと改めて思った。

Acacia in Arcadia

札幌に着いて、駅で記念撮影をしてから、休むところを探そうということでカプセルホテルを探した。さすが大都会、すぐに見つかったが、満室で11時にならないと空かないと言われ、少し時間があったので、COCO壱でみんなでカレーを食べた。さすが札幌のカレーはうまい。

そんなこんなで時間が来て、チェックインした。なんと昼間のカプセルは1200円で泊まれた。「一ヶ月居ても3万6千円かあ」と考えてしまった。ライブハウスの入り時間までそこで一休みということで、それぞれのんびりした。まさやさんはそこについているコインランドリーで洗たくなんかもしていた。僕はほとんど毎日同じ服を着ていたので、洗たくの必要はなかった。

カプセルホテルはすばらしいが弱点がある。それはイビキだ。僕らの後にやってきた客でめちゃくちゃイビキのうるせー客がいて、睡眠をかなりさまたげられた。その客のところまで行って、鼻にセタクバサミでもつけてやろうかと何度思ったことか。

ライブハウスの入り時間が近くなり、15:30くらいにロビーに集合した。やはりリズム隊の二人は早起きで、浜野さんが一番遅かった。

Live #2

本日ライブをやる「サウンド・クルーベースメント」に着くと、なんとそこでは結婚式のパーティーをやっていたので、少し時間をつぶすことにした。大通り公園というところでみんなで並んで焼きとうもろこしを食べて、ストリートミュージシャンの歌を聴いて過ごした。本当は時計台を見に行ったのだが、渋滞でたどりつけなかった。

ライブハウスに戻り、リハーサルをした。丁度子供連れの旭川に住んでいるまさやさんのアメリカ時代のお友達家族が寄ってくれたので、サービスであの大ヒットした魚の唄をやってあげたら、大喜びで娘さんがおどってくれた。その後、その家族とは夕食にラーメンを一緒に食べてお別れした。なんとごちそうになってしまった。

夕食から戻ると、ライブハウスの前に福岡ナンバーの車が止まっていて、札幌に福岡ナンバーかあ、俺達より気合い入ってるなあ、と思ったら知り合いだった。僕が7〜8年前に勤めていた会社の社内結婚した夫婦で、最近、福岡支社から札幌に転勤になって、僕がライブをやる情報を聞いてかけつけてくれたのだ。奥さんの方は僕より若いのだが、もう二人子供がいて、すげえ久しぶりに会ったけど、全然変わってなくてうれしかった。なんとなくこれも一つの旅のだいご味だなあと思った。

この日のライブは僕ら以外ハードコア色が強く、若いバンドが多かった。そんな中、スワンプスはやっぱりスワンプスらしいライブで、なにかを残せたと思う。おがちんさんの昔からの知り合いも盛り上がってくれて、対バンの人たちにも演奏後たくさん声をかけてもらって、うれしかった。

全バンドのライブが終了した後、出演者全員で打ち上げした。店長の三浦さんはすごく気さくな人で、なんとその日みずからチャンチャン焼きを作ってくれたり、カニを食べさせてくれたりとふるまってくれた。対バンの人達や店の人達といろんな話をして、またすごいいい経験をさせてもらった。

昔なじみの友達と飲みに行っていたおがちんさんが戻って来て、しばらくしてライブハウスを後にすることにした。実はこの日は湘南の仲間のビトの実家に泊めさせてもらうことになっていたので、あまりに遅くなると迷わくをかけてしまうので、ここでも後ろがみを引かれる思いだったが、みんなと握手をしてお別れした。

Daddy

ビトの実家は札幌市内から20〜30分車で走ったところにあった。近くのコンビニで待ち合わせたのだが、来たとたん「あっビトのお父さんだ」とすぐわかった。浜野さんと「似てるねえ」と言ってしまった。ビトは去年お母さんを亡くして、実家にお父さん一人で住んでいる。すごいまじめな感じのしっかりとしたお父さんで、着いたら一軒家の2階に布団までしいてくれていて、ビールやおつまみまでふるまってくれた。

そしてそこでもお父さんを囲んでみんなで酒を飲みながらいろんな話をした。北海道の話やビトの小さな頃の話など、いろいろ聞けて楽しかった。実は僕はこの時、冗談ではなくせまい車とライブの疲れで肺がいたくなっていて、本当にエコノミー症こう群かと思うくらい具合が悪かったのだが、ビトの家で寝ることができてすごい助かったのだった。朝起きたら調子がおかげさまで回復していた。


2002.08.24 - SWAMPS 北の宿からツアー回想記 part 5

7月29日(4日目)

Daddy again

朝、目が覚めたらそこはビトの実家だった。

二階で寝させてもらっていたので、下に降りていくとまさやさんがもう起きていて朝ごはんを食べていた。なんとビトのお父さんは自分で朝飯を作って僕らに食べさせてくれたのだ。しかもデザートに今まで食べたことのないくらい大きなメロンまで用意してくれていた。これがまた、甘くてうまいうまい。

食事をしながら、またいろんな話をしてしまった。北海道の冬の様子や雪対策の屋根の話など、今まで知らなかった事がたくさん聞けておもしろかった。その後、おがちんさんと浜野さんが起きてきて、次々に朝ごはんを食べて、しばらくテレビを見ながらくつろいだ。やってる番組は東京とほとんど一緒で、「汚ギャル」の特集をやっていた。

少し時間があったので、家の周りを散歩しながら過ごした。湿気がなくさわやかな気候で、今の時期の北海道はまさにパラダイスだった。

ビトのお父さんはなんと昼飯までごちそうしてくれた。近くのラーメン屋さんにみんなで行って食べた。これがまたうまくて、最後にサービスでついてきたアイスクリームもさすがうまかった。バイトのお姉ちゃんもかわいかった。

そろそろ出発しなくてはならない時間になったので、ビトのお父さんとお別れの時が来た。なんと最後にとうもろこしをゆでておみやげに持たせてくれた。もう感謝しきれないくらい世話になってしまって、みんなで恐しゅくしてしまった。ビト自身もたいした奴なんだけど、お父さんも本当にすばらしい方でした。いつかビトもSWAMPSもブレイクして、お父さんに大きな恩返しができるといいなあと思いました。

Souvenir

今日はライブがなく、札幌から函館に行き、夜そこからフェリーに乗る予定の移動日だ。札幌から函館までまさやさんが運転をして、行きとは違い高速道路を使ってみた。信号とかなく楽なんだけど、行きよりもなぜか時間がかかった。たぶんかなり大回りだからだろう。

車の中でビトのお父さんにもらったとうもろこしを食べたら、これのうまいこと。なんで同じとうもろこしでこんなに違うんじゃいっつーくらい、こっちで食べるのとはプリプリ感から甘みから違っていた。

途中のドライブインでシャケのリアルなキーホルダーを見つけ、浜野さんと「ほしいね」と言っていたら、浜野さんはいつのまにかそれを買っていた。

函館について、まづはおみやげを買いまくった。知り合いに全部買っていたら僕の場合数が多すぎて即破産するので、最近大きな恩恵を受けた人達を中心に買ってみた。それでもスゴイ量になってしまった。要するに僕は世話になりすぎってことだな。

Dinner Time

待ちにまった夕飯の時間になった。青森で食べれなかったウニ丼を食うぞおー!とずっと思っていたので、魚料理の飲み屋さんを見つけ、そこへ4人で入った。そこで食べたのは、僕はウニ丼、他の3人はイクラ丼。そして、刺し身の盛り合わせやホッケなど、もう超ごう華ディナー!
「ウニ、甘〜〜〜い」
こっちで食べるウニの独特の臭みなど一切なく、ひたすら「あま〜〜〜い」のだ。機嫌がよくなった僕は、しこたまビールも飲んでしまった。

メニューに「油子」というのがあって、何て読むのだろうという話になり、まさやさんが「ゆずだよ」と一言。「そっかぁ」とみんな納得して、しばらくしておがちんさんが「なんで魚料理なのにゆずがあるんだ?」と言い出して、「そういえばゆずは違う字でたしか一文字ですよね」と浜野さん。(Rj註:「柚」もしくは「柚子」と書きます。)

オイオイじゃあこれは何と読むの?それ以前にこれはいったい何?という話になり、みんなで考えて出した結論が、「油まみれの子供がワーっとやってきて僕らのテーブルに座り、僕らの料理を食べてしまうというサービスだ」ということになり、みんなで大爆笑してしまった。さすが、旅も後半になるとみんなさえてくる。

店の人に聞いたら「あぶらっこ」という魚だということがわかり、子供のしゅう撃に怯えずにその後食事ができてよかった。(Rj註:油子はアイナメという魚の北海道的呼称だそうです。アイナメはホッケに近い仲間。んまいよ。)

食事を終え、大満足のいい気分で、フェリー乗り場に行ってフェリーを待った。少し早めについたので、北海道の夜風に吹かれたり、そこでもおみやげを買ったりしながら、北海道最後の夜をしみじみと感じながら過ごした。

いよいよ北海道ともおさらばかあ。


2002.08.27 - SWAMPS 北の宿からツアー回想記 part 6

7月30日(5日目)

Back to the Naichi again

フェリーに乗ると、行きのフェリーよりも新しくきれいだった。出航直前まで僕らのまわりには誰もいないほど空いていて、のびのびとすることができた。僕はまたとっとと寝てしまったが、おがちんさんは僕の横でビールを飲んで貝柱のつまみを食べていた。まさやさんの「俺にもくれよ」という言葉を耳にしながら僕は深い眠りについた。また僕が眠っている間、みんな風呂に入ったりしたみたいだが、僕はひたすら寝つづけた。

青森到着は、なんと午前3時頃。長い一日の幕開けだった。青森についてすぐ、もうこのまま山形まで行ってしまおうということになり、浜野さんの運転で出発した。真夜中の単調なハイウェイドライブに浜野さんは疲れ、おがちんさんに交替。おがちんさんも寝ないで貝柱をフェリーの中で食べていたせいで、途中でねむくなってGive up。僕に交替した。

No way to sleep

僕が運転している途中、夜が明けてきて、がぜん元気になってきたので、かなりぶっ飛ばして、朝7時頃、山形到着!7イレブンでみんなで朝ごはんを食べた。なぜかおがちんさんはミニカーを買っていた。僕らの予定では、札幌や盛岡同様、カプセルホテルで休もうと思っていたのだが、なんと山形にはカプセルホテルがなかった。

みんなボロボロに疲れているのに、期待していたカプセルホテルがなかったのだ。まるで砂漠をさまよい、やっとオアシスを見つけたと思ったらそれがしん気楼だった冒険家のように、僕らは路頭に迷ってしまった。ビジネスホテルも午後までチェックインできないというし、途方にくれた僕らはとりあえずガストに入った。

ガストで冗談でコンピューターの「あなたの価値診断」をやったら、僕の価値はなんと「1円」だった。続いておがちんさんがやったら「8円」だった。スワンプスのボーカルとドラム二人合わせてもうまい棒1本分の価値もないのかと、疲れた体にさらに追いうちがかかった。

どこにも行き場がないので、仕方なく近くの「スーパー銭湯」に行くことにした。いろんな種類のお風呂があって楽しかったが、仮眠室などあるわけもなく、食堂の座しきで眠ることにした。しかしゲームのピコピコ音や人の声で全然眠れやしない。僕は眠るのをあきらめて、まさやさんと楽器屋に行くことにした。すると、楽器屋は休みだった。なんだあ?いいことないぞお山形、といいかげん嫌になってきたので、気晴らしに僕だけスーパー銭湯の横にあった漫画喫茶に入った。そこでスワンプスのホームページを見たら、たくさんの書き込みがあって、気分が良くなった。みんな応援してくれてんだから、くじけずがんばるぞ、と思った。

Eat it!

山形のフランクロイドライトの入り時間が近くなってきたので、銭湯にみんなを起こしに行き、出発した。フランクロイドライトに着くと、店長のあきさんがむかえてくれた。あきさんは電話の声でもっと年配の人かと思っていたら、全然若くてびっくりした。

あきさんはまづ僕らを今日泊まる旅館に連れてってくれた。あらかじめ手配してくれていたのだ。その旅館はなんと温泉つきで、スーパー銭湯でボロボロになっていたメンバーに希望が芽ばえた。荷物を置いて、リハーサルをしにフランクロイドライトに戻った。すげえ音がいいなあココと思っていたら、後から聞いたら実は音響や内装を新しくしたばっかりで、本日が新しくしてから初のライブということでびっくりした。どうりでなあと思ったし、すごい得した気分にさせてもらった。

リハを終え外に出ると、いつも湘南までライブを見に来てくれる今野君がいた。実は山形ライブは、今野君がいろんな情報を僕に送り続けてくれたことをきっかけとして実現したのだ。今野君も含めて、メンバーで夕食を食べに行った。山形のそばはうまいと前から聞いていたので、そば屋に入った。

そしたら本当にそば無茶苦茶うまかった。今回の旅はうまいものばかり食べてるけど、その中でも一、二位を争うぐらいうまかった。思わずおかわりまでしてしまった。

Live #3

夕飯を食べてライブハウスに戻り、しばらくしてライブが始まった。今日は4組の出演で、SWAMPSが最後の出番だった。それぞれ個性的で熱いライブをくりひろげたが、なかでも衝撃的だったのは僕らの前に出た「チョコロッチ」という3ピースバンドだ。彼らのライブを見て「あっ、ちょっとヤバイかも」とマジで思った。昔、10ミニやビトがやっていたバンド「gaou」を初めて見た時の衝撃に似ていた。見せる、聴かせる、楽しませるの3拍子そろった、すばらしいバンドだ。

そんな彼らのライブ終了後、「さて、どうしたもんかな?」と考えたが、結局考えるのをやめ、やっぱりいつものようにやることにした。チョコロッチのライブでいい感じに空気があったまっていたので、お客さんとすぐうちとけることができた感じだ。なんだか信じられないくらい盛り上がってしまった。

目の前でこのライブハウスとの縁をとり持ってくれた矢澤じゅんこさんと今野君が先頭に立って盛り上がってくれ、そしてライブを終えたミュージシャン達もいい感じでMCに合いの手を入れてくれたりと、すべてがなんかあたたかかった。僕らも僕らでツアー最後のライブなので、これで死んじまってもいいだろーくらいの勢いでやったので、完全燃焼することができた。

And then...

ライブ終了後に、出演者や関係者、スタッフそしてお客さんなんかと、みんなで打ち上げをした。あきさんやチョコロッチのメンバーと話していて思ったのが、山形のユーモアの感覚は湘南に近いものがあるなあということだ。とにかく飲んでる間中終始笑いっぱなしだった。しかもチョコロッチのボーカル&ギターのイケノ君は、途中で丹下拳闘倶楽部のTシャツに着替えてくれるほどサービスしてくれた。あしたのジョー命なんだそうだ。

そんな中、夜もふけて来て、チョコロッチのマネージャーのきょうちゃんが正体不明なほど酔った頃、僕らはまた後ろ髪をひかれる思いでライブハウスを後にした。毎回毎回、本当にみんなと別れるのがさびしかった。その日だけ、しかも1日しか会ってない連中ばかりなのに、考えてみると不思議だ。たぶん音楽の力なんだろうなあ、すごいよやっぱり。

旅館に帰り、着替えもせず、そのままぶったおれるように寝てしまった。布団がありがたかった。


2002.08.28 - SWAMPS 北の宿からツアー回想記 part 7

7月31日(6日目)

Long way? to home

あー、温泉だあ、朝から温泉。この日は帰るだけなので、チェックアウトギリギリまで旅館でのんびりした。しかしよく寝たなあ。考えてみると、旅だというのにちゃんとした旅館はこれが初めてだった。旅館を出発して、山形駅でおみやげを買ってから、駅の近くでラーメンを食べた。最後のラーメンは普通のラーメンだった。

帰りの道のりは、まさやさんとおがちんさんが運転してくれた。山形からだと、今までの長旅と比較して東京まで意外にすぐ着いてしまった気がした。帰りの車中は狂ったように「恋の救急車」がヘビーローテーションで流れていた。

長いようで短い旅だった。おがちんさんを降ろし、まさやさんを降ろし、浜野さんと二人で矢澤じゅんこさんにもらった伝六豆をバリボリ食いながら湘南に戻ってきた。総走行距離2400kmだった。よく走ったよ、インプレッサ君。あまりに楽しく刺激的でしかもあったかい旅だったので、その後1週間くらいテンションが上がりっぱなしだった。

Thanx to all

この旅には実は陰で支えてくれた人達がたくさんいました。素晴らしいちらしを作ってくれたMさん。心配で北海道まで電話をくれたビトとビトのお父さん。掲示板を旅の間もさびしくさせなかったスワンプス&RMSサポーターの皆さん。そして、HPの管理人Rj。シューダビヨンを紹介してくれたKUZUHAバンドの原さん、おがちんさんの奥さん、まさやさんの奥さんとまりや、北海道のライブハウスの情報をくれたフルスモークの中田君、山形の情報をくれた今野くん、矢澤さん、シューダビヨン、シューさんとダストチルドレンの皆さん、サウンドクルーベースメントの三浦さん、嶋田さん、フランクロイドライトのあきさんやスタッフの皆さん、そしてスゴイことに地方ライブハウスに必ず誰かが来てくれていたスワンプスサポーターの皆さん。いつも共に活動し、力を与えてくれるRMSミュージシャン達。O-ch、大矢、たけや、キミヒロ、ステレオ、りぶさん、KUZUHA、こんず、七條、まだまだたくさん。

きっと書き忘れてしまった人もいるくらい、たくさんの人達に応援、協力して頂きました。本当にありがとうございました。

スワンプスはこの旅を通じて改めて人のあたたかさや音楽の力に触れ、すばらしい経験をさせて頂きました。この旅はスワンプスとしてだけではなく、自分の人生にも大きなプラスとなったと思います。これからもさらにいい音楽をこのメンバーで奏でていくことが皆さんへの恩返しとなると思うので、がんばります!応援よろしく!

最後に…うちのメンバーへ

ろくにスケジュールも立てず、いきあたりばったりのこの旅に、最後までくじけずつき合ってくれてありがとうございました。旅を終えて思ったのは、このメンバーとならいろんな意味でどこまででも行けるということです。僕らの目的地はいつだって「人の心」です。人がいる限り、そして音楽がある限り、僕らの旅は終わりません。このメンバーでならもっともっとたくさんの人の心にたどりつくことができるはずです。がんばっていきましょう。

さあ、出発しますよおー!

【完】


2002.09.04 - 祝?J-WAVE初登場!

ある日、車の運転中にカーステレオをつけると、J-WAVEくるりというバンドの「OH! MY RADIO」という番組がやっていました。その中のコーナーで「スーパーオーディション」というのがあって、リスナーから送られてきたデモ音源を紹介する内容でした。

おっ、これはいいねと思い、SWAMPSの「鎌倉のおぼっちゃん」のCDをそのまま送ってみました。そして1曲ということだったので、こんな手紙をそえて送ってみました。

くるりさま

はじめまして。今、巷で大流行中の鎌倉系アーティスト、その代表格のSWAMPSと申します。何はともあれ「大仏ファンク」を聴いて下さい。
Here we go!

ちなみに駅で言うと長谷駅です。僕の家はそこから徒歩12分です。

SWAMPSはっとより

当日ラジオをカーステレオで聴いていると、なんと特別企画でスガシカオ氏が来ていて、普通のゲストならその前のコーナーで帰るのになんとさらに特別で彼は残ってくれたのです。そして「スーパーオーディション」のコーナーが始まりました。3日前に音源を郵送して、しかも毎回たくさんの音源が送られてくる人気コーナーなので、まあまさかかからないだろうと思っていたら、「今日は1組目は『SWAMPS』」という声がラジオから。いきなり1発目からうちのバンドの名前を呼ばれて、すげえびっくりしました。

まづ、くるりのメンバーに言われたのは、手紙を読んで「鎌倉系?聞いたことあらへんわ、こんなん」そしてさらに、「この人の字やばいわあ、社会にきっと適応できてへん」といういきなりツッコミの連続。さすが関西のバンドという感じでした。

曲がほぼフルでON Airされ、その後スガさんも含めていろいろこの曲に関して批評されました。最初に言われたのは、「京都にたくさんおるおる、こんなバンド」「うちら京都でやってた時、対バンこんなバンドばっかでしたわ」という、京都に修学旅行ですら行ったことのない僕にとっては「なるほど、そうなんだ」としか思えないようなことでした。

そしてくるりのメンバーの一人が「このベースの人、ムチャクチャうまいやん」と切り出すと、スガシカオさんも「ギターもいい線ついてるし、ホーンもきちんと重ねてあっていいよ、このバンド」と発言。おー、さすがSWAMPSの演奏力、と思って喜んだのも束の間、「あとは、歌と歌詞やな」「歌詞は説明が多すぎて、こんなもの大仏の上っ面しかなめてへん。もっと大仏の内面を表現しなきゃあかん」とくるり。

スガさんも「ファンクなのに歌がちょっとのっていないねえ。もっと歌に周りがピッチをあわせないとダメだよね」と、強烈なダメ出しの連発。ピッチをあわせるもなにも、この歌は演奏を先に録音していて最後に僕の歌をかぶせているので、ピッチがあっていないのは僕のせいなのだ。(ピッチ:リズムや音程のこと)

そしてその後、ファンクに日本語の歌詞をうまくのせることは難しいというかなりシビアな物議をかもし出し、最後にスガさんが「きびしいなあ、このコーナー」と叫ぶほど音楽的につっこんだ議論が思いがけず展開されました。

曲がかかったのはいいものの、ダメ出しの方が目立ってしまった内容に僕はすっかりブルーになり、その後の「蔵」でのステージではメロメロで、お客さんにも「お前はウケをねらいすぎなんだよ」と言われる始末。もちろんその日は歌いました。「酒と泪と〜」。

忘れてしまいたいことや〜♪

でもくるりのメンバーやスガさん、この番組のスタッフにはとても感謝していて、僕らのようなインディーズアーティストが全国区なJ-WAVEに音源を流してもらえるような機会は普通ではありえないことで、こういったチャンスを作ってくれている彼らに心からお礼をしたいと思っています。

僕はこういったメディアに影響力のある人達がもっともっとインディーズシーンに目を向けてくれることがさらにこの国の音楽文化の向上につながるんじゃないかと思います。がんばって続けてもらいたいなあと願っています。

このコラムを読んで、俺も挑戦してみたいと思った勇気あるアーティストは、下記まで音源を送ってみてはいかがでしょーか?

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