Rjの登高漫歩
山歩記 - 荒船山・立岩(2004.05.15)

last modified: 2004.05.18


概略

経路(標高) 地形図
線ヶ滝上の車道終点(740m)〜威怒牟畿不動(1000m)〜星尾峠(1270m)〜山頂分岐(1350m)〜艫岩(1350m?)〜山頂分岐〜行塚山(1423m)〜立岩分岐(1300m)〜西立岩(1265m)〜車道終点 Couloir 45l AXS GTX 荒船山 (南西)

†出発/通過/帰着点の標高はおおよそです。

奇岩と奇瀑の山

今回は、三月の鹿岳・四ツ又山に続いて西上州の山です。荒船山は妙義山・榛名山と共に上毛三山の一つ。その平坦な山頂領域により、遠くからでも一目でそれと分かる山になっています。妙義や荒船等は第三紀後期のカルデラ火山に由来する山域で(本宿火山性陥没地/本宿コールドロン:陥没したカルデラの中身が隆起して凹地形ではなくなったもの†)、荒船山頂の平らな地形は固い安山岩溶岩が侵食に耐えて残ったものだそうな。こうした地形のことをメサといいますんだそうな。

†参考:火山学者に聞いてみよう -トピック編-身近の火山:北関東・甲信越地方/荒船山

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下界から見た立岩。
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車道終点付近の花。
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登山口付近の花。

そのメサを持つ荒船山へ、南側の線ヶ滝付近から登ってみました。出発点は線が滝のちょっと上、車道の終点。数台分の駐車スペースがありますが、週末だというのに他に誰も来てませんでした。や、支度をしているうちに一台来ましたけど、彼等は荒船山には登らなかったもよう。威怒牟畿(いぬむき/いぬむぎ)不動と立岩(たついわ)でも訪れて帰ったんでしょうか。こちら側からは、荒船山頂まで行かずにその二つを見て帰る人の方が多いようです。

最初に沢を左岸から右岸へ橋で渡ります。沢には放流されたと思われるイワナか何かが泳いでいました。橋の先には遊歩道の案内図があり、そのまま右岸(下流に向かって右側)沿いに直接荒船山へ登る道と、威怒牟畿不動を経由して登る道に分かれます。威怒牟畿不動方面へ進むにはすぐ上で再び沢を渡り(穴の開いた橋)、その後は左岸を登ります。

少し行くと立岩(西立岩のこと)へ直登する道(「中級者向」と書いてある)が右へ分岐しますが、見送って威怒牟畿不動方面へ。緩やかな杉の植林帯を、花々や小さいきのこを愛でつつちんたら登ります。「ちびTちびTちびT」その他の小鳥が賑やかです。四十分程で「水飲場」の案内。昭文社の山と高原地図シリーズ「西上州」(2004年版)に水場マークは記されていませんが、最近雨が降ったお陰かそこそこの水量がありました。水を飲んで小休止後、再び登ります。

枝沢に掛かる腐って落ちそうな橋を二つ程渡り、荒船山への道と威怒牟畿不動への道の分岐を経て(すぐ上で、再び荒船山へのショートカットも経て)登ると、東屋の向こうに威怒牟畿不動が現れました。巨大な岩壁の上から、水がさらさらとまばらに散りながら落ちてゆく滝。不思議な光景です。こんな滝はそれまで見たことがありませんでした。因みに、道中見かけた導標には「イヌムギ」不動と書いてありました。国土地理院の1/25000地図等には「いぬむき」と書かれているようですが、どうせ由来はサンスクリット(梵語)か何かでしょうから、イヌムキだろうとイヌムギだろうとどちらでも大して正しくないというのが真相かもしれません。

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新緑の道。
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威怒牟畿不動(遠景)。
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威怒牟畿不動(近景)。

滝の裏側に崩れかけた小屋の跡のようなものがあり、そこまで登れます。(その途中、右へ分岐する道は立岩へ続くものでしょう。)東屋に荷物を置いて登り、滝の裏側に入って落ちる水滴の写真を撮ったり何だりしました。来た道を僅かに戻り、荒船山への道に続くショートカットを通って荒船山に向かいます。余談ですが、ここも含めてこの日歩いた道が全て正しく表記されている地図は入手/閲覧出来ませんでした。国土地理院の25000図、山と高原地図「西上州」、現地の遊歩道/自然歩道案内板、全てに「現状と異なる道が記されている」或いは「記されていない道がある/記されている道が無い」状態です。そんなことは特に珍しくもないのでしょうが、地図通りの道しか歩いたことの無い方はご注意を。

威怒牟畿不動から先は、植林が減ってたおやかな広葉樹林が中心になってきます。折しも新緑の季節、まばゆいばかりの・・・修辞が多いと白けますね。まあ、山の新緑は美しいものなので、見たことの無い方はどこか易しそうな山にでも入ってその目でお確かめ下さい。何度見ても素晴らしいものです。この日は曇っていましたが、時折陽も射し、その光を浴びた葉っぱと言ったら他に比すべきものも無いくらい・・・やめます、失礼しました。

気持ち好く歩き、もう一つの「水み飲場」を過ぎて、巨大な岩峰の下らしき所(「高岩」の下?)にある謎の石室を経ると、ごろごろした岩の上をも歩くようになってきます。が、傾斜は緩く、緊張するような道ではありません。(ここは「遊歩道」級の道です。)やがて小振りで静かな佇まいの「いもりの滝」というのに出ました。「いもり」の「い」は「蠑」という字で、「もり」は虫へんに原という字です。イモリがここいら辺に棲んでいる/棲んでいたのでしょうか。因みにこの辺、道には草が芽吹いていました。つまり、殆ど踏まれていません。この日も私が最初で(←蜘蛛の巣情報)、他に誰か登ったのやら不明です。

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道端の花。
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虫榮 虫原 の シ竜。
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朽ちかけた橋。

そこから少し歩くと、田口峠方面から続いている(らしい)道と合流しました。登山口で分岐していた、線が滝を成す沢の右岸沿いの道を登って来てもここへ出ると思われます。荒船山まで1.2kmの表示。上を目指して進みます。朽ちた橋を渡り、新緑の中をいい気分で登ります。涸れた沢沿いの道でした。そのうちに道はやや急になり、星尾峠の近づいたことを知ります。と言うより、この日登り始めてから初めて他人の声を聞いたので、峠に近づいたことを知らされました。

星尾峠には、やかましい中高年の集団がいました。下で聞いた声の集団とはまた別の集団だったかもしれません。ここには人が多々来るらしい。峠は変形十字路で、私の登ってきた道から見て右から順に荒船山への道(行塚岳を巻いて黒滝山不動寺方面へ続く道はその先で分岐)、荒船不動尊への道、御岳・兜岩山方面への道、となっています。御岳方面への道は登り、荒船不動への道は下り、荒船山への道はほぼ水平です。

tskkotsu no hashiで、その水平の巻き道風の道を進みます。いい道です。枝沢に掛かる橋は、先程までの朽ち果てそうなものから突然鉄骨製の立派なものに変わりました。小尾根を一つ回り込むと、黒滝山不動寺への道から荒船山への道が分岐しています。荒船山は向かって左、登っていく方です。真っ直ぐ続いている方の道は、そこの案内板によると「黒滝山歩道」と言うみたいでした。昭文社の地図では破線となっている、行塚山(或いは「経塚山/京塚山」:読み不明。「きょうちょうさん」?誰か教えて下さい。)を巻く道です。

十五分程の登りで、荒船山頂を成す平坦な領域の南端付近に出ました。人がわらわら通ります。昭文社の地図では「山頂分岐」と書かれている地点です。平坦な山頂で知られる荒船山に来てそこを歩かないのはもったいないので、平坦な領域の北端にある艫岩(ともいわ)まで行ってみることにしました。道は平坦で、霧(雲)に包まれているせいか不思議な空間でした。僅かな凹凸があり、途中にはちょっとした流れもあり、ウグイスのケッキョケキョケキョケキョやらキツツキのコカカカカカカカカなんかが聞こえ、ミツバツツジらしき薄紫色のツツジも咲いて素敵な道でした。しかし、人が多い。どこぞの公園を歩いているような気分です。

三十分弱で艫岩に到着。避難小屋があり、トイレもあり、バーベキューをしている中高年集団すら居ました。生憎周囲は雲(霧)に包まれていて、見えたら雄大であろう景色は拝めませんでした。切れ落ちた足元すら見えないので、そこでおひるごはんを食べつつ少し待ってみることにしました。今回もラーメンと雑炊。隣で喰ってた単独行のおっちゃんが、プリムスのストーブと冬用ガスカートリッジ、私と同じチタンコッフェル、ブラックダイアモンドのウエストバッグ、ドイターの中型ザックを持っていたのが、バーベキュー集団のデイパックやらキャプテンスタッグのガス缶etc.とは対照的で何だか面白かったです。この場所では、どちらかと言うと山装備の人の方が異端、ピクニック装備の人が多い。下を走る国道254号線からひっきりなしに聞こえてくる車の音も、この地の社会的位置を示しているようでした。

因みに、荒船山へは内山峠や荒船不動尊から登ってくる人が多いようです。あとは田口峠方面から来る人が少々。webの山行記を見ても、星尾〜線ヶ滝や三ツ瀬〜相沢から登る人は少数派の模様。相変わらず(「日本二百名山」とか何とかに選ばれた山では特に)、時間的・労力的に楽なルートが人気ということのようで。不人気ルートから登っても大して違わないんですけどね。

tomoiwa ashimoto食事を終えてしばらくすると、雲(霧)がやや薄くなりました。足元の樹林帯が見えます。人の手が入っていないような、鬱蒼とした広葉樹林。葉の色が木によって微妙に異なり、不思議な緑の調和を・・・また修辞過多になりそうなのでやめますが、見たところ崖下まで100m以上はあるようです。200mは無いでしょう。過去に遠くから荒船山を眺めた記憶や両隣の岩壁から想像するに、自分の立っているこの艫岩もすっぱりとほぼ垂直に百数十メートル切れ落ちてるってことだと思われます。横から見た図を想像すると、ちょっと楽しい。でも、その岩壁を登ってくる人はいませんでした。北岳バットレスなんかよりは登るのが難しそうですが、岩登りの対象にはならないのかしら。

そして下山。いや、まだピーク(最高峰)まで行ってないんでした。先程の「山頂分岐」まで戻り、そこから読めない名前の荒船山最高峰「行塚山(経塚山/京塚山)」を目指します。分岐から十分程の登りです。道はやや急で岩場っぽくなりますが、特に危険な箇所もなく、あっさりと登頂。ここまでは人も多く来るようです。踏み跡は濃い。しかし時間がやや遅めだったせいか、分岐を過ぎてからは(下山まで)誰にも会いませんでした。山頂からの眺めは天気のせいもあっていまいち。晴れていたら遠くの山塊が一部の方向で見えるかもしれません。

その先、行塚山から南東に延びる尾根へ入ると、途端に「寂れた道」となります。初めは急降下。赤テープは頻繁で、そのうちに木段なんかもしばしば登場するのですが、通る人は少ないようです。やがて笹藪となり、ちょっとした薮漕ぎ気分。笹に隠れた木段を下るってのも妙な気分です。木段とは人の多い遊歩道的な道にあるものであり、笹藪とは人の通らない不人気な道に発生するものである、という認識のせいで違和感が生ずるのでしょう。そういや、星尾峠からの登りで見送った「黒滝山歩道」が合流する地点には、何の案内もありませんでした。

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行塚山頂のすぐ先。
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もうちょい先。
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もっと先。

僅かな登降とちびピーク二つの巻きを経て、案内なんか全然無いかもしれないから地形図を見て見落とさないようにしようと思っていた立岩への分岐(昭文社の地図では「立岩分岐」:そこから先が赤破線になっている)には、小さいけどちゃんと「立岩」の案内板がありました。親切に、「ヤブ道」とも書かれています。そこを立岩方面へ右折。南へ延びる枝尾根の道、緩やかな小ピーク二つを越えて下ります。二つ目のピークが25000図で1305mの水準点のある所です。先程までの「歩道」の笹藪が結構なものだったので、どんなすごい薮が待っているかと期待していたら、薮らしい薮はありませんでした。最近誰かが整備してくれたのでしょうか。

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「立岩分岐」。
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分岐の先のツツジ。
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赤破線道のスミレ。

尾根は威怒牟畿不動方面へ延びていますが、途中で尾根を逸れます。逸れる地点で迷うことはありませんでした。その先、谷をトラバースする感じのやや斜めの道を見て「これが地図で赤破線にされた原因かな?」とか思いつつもしっかりした目印に従って下り、「立岩分岐」から三十分程で威怒牟畿不動から登ってくる道に合流しました。ここからは昭文社の地図でも赤実線になっている道です。が、25000図ではここで道が終わっています。合流点には「立岩 1.0KM」と書かれた南牧村の導標があり、その左端には誰かが「←行塚山」と黒マジックで書き込んでいました。薮が濃くなっても、この導標を目印に登り口を探せるでしょう。

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赤破線道のツツジ。
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赤破線道の新緑。
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合流点の導標。

その辺りからははっきりとした尾根を辿ります。痩せ尾根です。両側が切れ落ち、道自体は幅広くて歩く上での不安は無いけど、高度感があって爽快。高所恐怖症の人には危険かもしれません。また、風の強い時は誰でも危険かもしれません。まずちょっとしたピークを越えます。下りは鎖場ですが、手掛かり、足掛かりは豊富なので、特に難しくはありません。その後ぴょこっと突き出た岩峰(下の写真、中央の左側)を巻き、やがて立岩への登りへと差し掛かります。登り自体は大したことありません。標高差にして数十メートルでしょうか。坂は急で、お飾りの(或いは凍結時に威力を発揮しそうな)鎖がちろっとありました。道は西立岩北側に延びる尾根伝いに西立岩頂上へ近寄り、間際で正面の岩壁の東側から回り込んで登る感じに付けられていたと思います、大雑把に言って。

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ここを下ります。
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奥が西立岩。
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来た道を振り返って。

えいえいっと登ると、まず展望台のような「肩」に出て(振り返った景色が上の写真右)、そこから僅かで「立岩 1265m 南牧村」の標識のある頂上へ着きました。昼頃よりは少し視界が利くようになっていて、景色も楽しめました。兜岩山・ローソク岩と思われる奇岩から経塚山へ続く稜線や歩いてきた尾根がはっきりと見えました。遠くに見えたのは浅間山かな?好天ならもっともっと気分の好い眺めを得られることでしょう。しばらく「お山の大将」気分で寛ぎました。ヤアイ。

tatsuiwa sanchou no hanaさて、ここからが少し問題。その頂上を標柱通り「西立岩」と認めるすると、東立岩はその手前(東側)の肩付近から南東方面に見える岩峰だと思われます。確かにあっちの方が低い。しかし、山頂からの下山路として、昭文社の地図にあるような(付属の小冊子にも記述のあるような)東側への道、東立岩との鞍部へ降りる道は見つけられませんでした。登ってきた道以外に踏み跡が無かった&分岐も発見出来なかったということです。

頂上から西側へ進むと、西北西に延びている(と地形図でも確認出来る)痩せた急な尾根上に道が続いています。すぐに「線ヶ滝 2.1km 上級コース」という導標も現れます。来た道を戻って(東側へ下り、北へ続く尾根を進んで)先程の「立岩分岐」から続く赤破線道との合流点を経て威怒牟畿不動へ降りることも出来ましょうが、少々道のりが長くなるので、西側から下ってみることにしました。もしかしたら、と言うより恐らく、登山口からすぐの所で分岐していた立岩への「中級者向(直登)」ルートがこれなのだろう、と。

降りてみると、まず短い梯子&鎖があり、その先で西立岩の更に西に位置することになる低めの岩峰を見送り(そちらへも踏み跡がありましたが、面倒なので探訪割愛)、西立岩の南側へ回り込むようにして下ります。その先では、片側のすっぱりと切れ落ちた岩壁に刻まれる鎖場を下りました。そこは鎖場にしては斜度も緩いし手掛かり足掛かりも豊富で難しくはありませんが、幅が狭くて片側(上から下に向かって左側)が崖なので、落ちないように注意して下りました。

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片側の切れ落ちた鎖場。
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ガレガレの長い鎖場。

そのすぐ下はやや急なガレガレ斜面で、やたら長い鎖が張ってあります。が、他人の起こす落石と滑って転んでケツを打つ以外には特に危険の無い程度の斜面です。他に人もいないので、滑って転んでケツを打たないように下りました。集団登山だとちょっと大変でしょうね、ここは。その鎖が最後の鎖です。振り返ると岩壁/岩塔に囲まれた回廊みたいですごい。その下は急な坂に木段が付けられ、そこを下り切るともう緩やかな穏やかな樹林帯に出ます。

進むうちに杉の植林帯になり、下界が近づいたことを知ります。ほいほい歩き、さっくりと下界に出ました。やっぱり、登山口付近で分岐していた直登ルートでした。西立岩頂上から、急ぐことなく概ね一時間程度の道のりでした。この道は25000図にも昭文社の地図にも現地の観光案内板にも出ていませんが、登山口の案内板をよく見ると誰かが固いもので削って描き足しています。接続部分が間違っているので、それを別の人が直したような跡もありました。大雑把に言えば、立岩頂上から南西に、線ヶ滝の少し上(登山口付近)へ向かって短い距離で降りる道です。昭文社の地図「西上州(2004年版)」は付属の小冊子の形式がまだ古い(白黒の)ものであり、これが全面改訂される際にはここら辺の情報も新しくなるかもしれません。

と、いうわけで、無事下山。万歩計は20892歩でした。でも今回の話はまだ終わりません。車に荷物を置き、すぐ下にある線ヶ滝を見に行きます。大したもんじゃないだろうと高を括って行くと、目に飛び込んできた光景にややびびらされました。これはなかなかのものです。威怒牟畿不動もそうでしたが、今までこんな形の滝を見たことはありませんでしたのだ。だって、あまりにも真っ直ぐなんですもの。滝壷から流れていく先も凄まじいV字谷になっています。一見の価値あり。ありまくり。高さは三十数メートルだそうです。

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線ヶ滝その一。
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線ヶ滝その二。

今回の旅は、初めから終わりまで変化に富んだ非常に楽しいものでした。山頂の平らな領域周辺でひゃくにんくらい見かけた以外は誰にも会わず、静かに山を味わえたことも楽しみを増やしてくれたと思います。いいですね、西上州。また訪れたいと思います。


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