Rjの登高漫歩
山歩記 - 裏妙義:国民宿舎〜丁須の頭〜三方境(2005.11.13)

last modified: 2005.12.04


概略

経路(標高) 地形図 山域
裏妙義国民宿舎(440m)〜丁須の頭(1050m)〜三方境(900m)〜裏妙義国民宿舎 Air Master 32 AXS GTX 南軽井沢 [北東] 西上州

†出発/通過/帰着点の標高はおおよそです。

薮と鎖と紅葉と

tozanguchi
注文の多い登山道

裏妙義、又の名を中木山。国民宿舎裏妙義から「丁須の頭(ちょうすのあたまかしら)/丁須岩(ちょうすいわ)」へ直接登り、赤岩、烏帽子岩のある稜線を辿り、三方境経由でぐるっと一周歩いて来ました。当日の天気は晴れで、遠望は得られなかったものの紅葉を楽しみながらの穏やかな散策となりました。同行は、遥か昔一緒に表妙義縦走したTS氏。

奇岩で知られる妙義山塊やその周辺は、第三紀後期中新世の一種のカルデラ火山の跡だそうです・・・という話はほぼ一年前に御岳側から丁須岩に行った際に書いた【山歩記 - 裏妙義:御岳〜丁須の頭〜鍵沢(2004.11.06)】ので略。関越道、上信越道を経て国民宿舎裏妙義へ上がり、その駐車場から出発です。

初めは沢沿いの穏やかな登り。六月の御座山【山歩記 - 御座山(2005.06.05)】以来、高尾山と富士山以外行ってなかったので久々の感覚です。TS氏も山は久し振りとのこと、のったりゆっくり行きました。前後には小さい子供を連れた家族なんかもちらほら。

それでも、大きな岩の隙間ををげしげしよじ登ったりやがて鎖も出て来たりして、流石に妙義と感じます。今年は明らかに紅葉の外れ年ですが、ところどころで真っ赤に染まった木を見つけて眺めながら登ります。楽しい。やっぱり山は楽しい。小休憩を挟みつつ進むうちに、やがて道は急になってきます。

後ろを歩く単独の男性に道を譲り、細っこくてまっすぐな沢を登って行くと、前方に奇麗なもみじがありました。道は滑りやすく、あれ、これは登山道ではないな、と感じつつももみじに近寄り、写真を撮り、更に登りにくくなる葉っぱに埋もれた沢を詰めます。困ったことに、後ろには小さな子供を連れた家族がついて来てます。あちゃ。

上に向かって一つ右の尾根辺りに正規の登山道があるから薮をちょちょちょっと漕げばすぐに戻れるかな、と甘い見通しを持って登っていたのですが、流石にこれ以上はまずいだろうということで登るのをやめ、右の薮を分けて進みました。隣の谷は幅広く緩やかで、その先の尾根も広く緩やかでしばし笹薮を掻いて進めば合流出来そうでしたが(そう旧くないコンビニのお弁当箱=ごみも置いてありました)、小さな子供連れにはちと無理、と見て引き返しました。

数十m下ると、登りでは雑談に夢中で見落としたペイントマークを発見。正規の登山道に戻りました。小さな子供を連れた家族は下るのに苦労しているようでした。ごめんなさい。身勝手でした。でも、前の人について歩くだけってのは危ないですから今後は気をつけて下さい。私も前後含めて気をつけますが。。。

そんな道草食いを挟みつつも徐々に高度を上げ、やがてちょっとした鎖場を経て丁須岩の根っこ辺りに着きました。御岳側からの道と合流し、丁須岩の根っこをぐるっと半周くらいする感じで丁須岩直下のなだらかな鎖に到着。お昼時だったので、人がわらわら降りて来て大変なことになっていました。鎖を無視して登り、荷を降ろしてお昼ご飯。眺めは最高とまでは行きませんが、風弱く陽射し強く、気分良好。

丁須岩にはザイルをぶら下げた連中がたかっていました。今回は登ろうと思ってたけどパスしておひるごはん。おひるごはんはおにぎり。おにぎりは出発時に地元で買ったものだけど、山で食べるとおいしいです。まったりしました。丁度集団が捌けた後でよかったです。彼らと重なっていたらそこでおひるごはんをとることもかなわなかったでしょう。

おひるごはんの後、丁須岩が空いたので登りに行きました。が、誰でも登れる下の段の鎖を登ったところで両脚が異様にだるくなり、萎えてしまってやめました。TS氏はしょこしょこと登ってましたけど。運動不足厳しいですね。登り途中の薮漕ぎちろっと、で脚に来てたようです。困ったもんだ。しょぼくれてストレッチをしました。TS氏が降りた後、下から別の人が来て、すすすっと登って行きました。おお、そんな風に登るのか。勉強になります。

02_momiji
道中のもみじ
03_kouyou
紅葉の奇麗な道はずれ
04_asama
浅間山
05_chousu
丁須岩その一
06_chousu2
丁須岩その二
07_chimney
チムニー

さて、気を取り直して荷を背負い、1057m峰と思われる岩峰(丁須岩からだと、向かって左にこれを巻く道あり)を経て赤岩とか烏帽子岩方面へと進みます。すぐ先で、昭文社の登山用地図に「チムニー内20mの鎖」と書かれた鎖を下ります。狭いので、足場や手掛かりとして両側の岩を使えます。脚がへばり気味の私はなるべく力を使わないように足場を選んで下りました。ここ、登りなら(この山が妙義の一角と知って来るような)大抵の人は大丈夫だと思いますが、下りだと鎖場に慣れない人は辛いかもしれません。ほぼ垂直に下る距離がやや長いです。

その後は穏やかな稜線歩き。すごいやせ尾根のおっかない所を通るでもなく、特に怖いところはありません。やがて赤岩の基部に到着。その先、トラバース路に鎖がいくつかあります。一番おっかないところには足場と言うか歩くところが設けられており、安全に渡れます。振り返るとだんだん丁須岩が遠ざかります。

次の烏帽子岩も巻きます。このルートの累積標高差は大したことないです。すれ違う人も無く、のんびりと進み、烏帽子岩を過ぎたところで下界を眺めながら休憩しました。それにしても今年の紅葉はしょぼしょぼです。ちょっと残念。ところで、今回同行したTS氏とは往復の車中や歩いてる途中に、沢山の話をしました。久し振りに会ったこともあるし、TS氏自身が最近生活に変化が生じているということもあり、話が弾みました。それを受けて私の中にも色々なものが過り、何だか不思議な旅となっていました。

やがて風穴尾根の頭(休憩中の夫婦らしき二人組あり)を経て道は本格的な下りに入りました。途中、火山礫がごろごろしている領域がありました。流石に数百万年前の火山礫が地表で形をとどめていることは考えにくく、一瞬考えて答えに辿り着きました。そう、これは1783年、浅間山が噴火した際の噴出物に違いない。所謂「天明の大噴火」ってやつですね。そんなことを話したりしているうちに三方境へと降り着きました(休憩中の単独行男性あり)。

この先は穏やかな樹林帯の道を下る予定。三方境からは谷急山へと続く道もあります。そのうち訪れてみたい山。西上州には楽しそうな山が沢山あります。気になるのは交通費ですが、誰かと二人以上で行けば交通費割り勘でお得です。(下道から行く根性の無い私には単独はやや辛い。)

三方境から下は想定通り緩やかな樹林帯の道でした。風穴の空いた風穴尾根を見たりしながら順調に進みました。小さな尾根と谷を交互に越えて、徐々に高度を下げて行きます。陽も大分傾き、散策の終わりを飾るに相応しい感じ。そういや、遥か昔TS氏と表妙義を縦走した帰り、中間道を歩いた時もこんな気分だったのかもしれません。ただ、その時は(今だから言うけど)日が暮れてしまいました。あはは。

08_omote
表妙義のぎざぎざ
09_iwa
岩塔
10_traverse
赤岩のトラバース部
11_aki
秋の山道
12_iwa
烏帽子岩か何か
13_kouyou
三方境からの道すがら

今回は日の暮れる前に無事国民宿舎近くの林道に出ました。鹿が遠くで啼いていました。万歩計の数値は16000ちょい。国民宿舎の駐車場には、これから帰らんとしている横浜ナンバーの単車の男の子がいました。私もあんな風にここを訪れていたかもしれない。しかし、山へ登るのも楽しいものです。ストレッチをしている間に彼は去り、私達もトイレに行ってから帰途へとつきました。

車で下り始めて間もなく、道ばたに男性二人と女性一人の三人組が。女性が覚束ない仕草で「ひっちはいく中!」であることを訴えています。止まってみると、コーカソイド二人とモンゴロイド一人でした。モンゴロイドの女性は日本語のnative speakerでした。んで、何故かザイルを背負っている。

聞くと、横川駅から帰ると言う。私達もそっちへ下るので、さくっと後ろに乗っけました。コーカソイドの男性は一人がイギリス人、もう一人がフランス人とのことでした。イギリス人の方が日本語が上手。二人とも、岩場をがしょがしょ登って写真を撮ったりするのが好きとのことでした。毎週どっかの山に行ってるそうです。紅葉の奇麗な妙義はお気に入りで、西岳とか星穴岳にも行ったと言うから大したもんだ。死なないようにして下さい。っつーか、その間同行の女性はどこで何をしているんだろう。一緒に登る感じの人には見えなかったけど(偏見?)。

横川の交差点で彼らを降ろしました。日が暮れ、外は暗くなっていました。この後彼らはどこへ帰るんだろう。伊豆の紅葉は奇麗かどうか訊いてくるようなガイコクジンはきっと東京に住んでいるから、信越本線で高崎へ出て高崎から何かで東京に戻るのでしょう。今調べたら、高崎から新幹線を使うと横川から計5120円で東京まで帰れるようです。往復でいちまんえん。車で一人で来るのと同じくらい掛かります。いっそレンタカーの方が・・・と思いつつ、やはり東京都内を車で移動するのは嫌だとかそういった理由があるのかもしれません。電車の旅が好きなのかもしれません。渋滞にはまるのが嫌なのかもしれません。

彼らを降ろし、私達はすぐ左にある「おぎのや」で釜飯を食いました。去年も11月にここで釜飯を食ったような気がします。900えんは高いけど、一年に一度くらいはいいや。食べて満腹になり、お茶を飲んで、車に戻りました。国道18号上り線の混み具合を不審に思いながら。この時期、なんで軽井沢側から東京へ帰る人がこんなに沢山いるんだろう。10月の週末に悉く天気が悪かった反動?

上信越道はやはり混んでいました。渋滞情報あり。どっかから30kmくらいの渋滞、とか言ってます。星空を眺めながら、渋滞に突っ込んで行きました。幸い、同行のTS氏と色んな話をしていたので眠くはなりませんでしたが、関越道に合流してからも渋滞にはまり、なんだかんだで往路二時間の道を四時間掛けて帰りました。ふひー。けどまあ、無事に戻ったからいいや。今回も楽しい旅でした。そして、ちょっと変わった旅でもありました。新しい生活に入るTS氏、最初大変だろうけど無理せず徐々に進んで下さい。


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